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| 【縁起】 祭神は藤原資盈。56代清和天皇の世、資盈は伴大納言善男の皇位継承争いにまきこまれ追訴の罪を受け筑紫に流された。途中暴風に遭ったが、はからずも貞観6(864)年当地に漂着した。その後、房総の海賊を平定。又漁の技法を導き文化、福祉にも尽力した。郷民の尊崇の念が篤く、花暮海岸に祠を建立し祀られた。その後、天元5(982)年現在地に社殿を造営し、三浦一郡の総社となった。 |
【筌籠弁財天】―インドの神―
治承4(1180)年、源頼朝の挙兵に呼応した和田義盛は衣笠城で畠山・江戸の諸軍と戦ったものの落城、海路房州に逃れた。折悪しく大暴風雨に遭遇し、流されて兵糧が尽きたとき、龍神に加護を祈ったところ「筌」という竹製の漁具が流されてきた。辛うじてこれを用いて魚をとり、主従飢えをしのぐことができた。この地に「筌」を祀り、弁財天堂を建立したのが始まり |
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